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京都地方裁判所 昭和48年(行ウ)14号 判決 1975年3月14日

原告

藤井勲

右訴訟代理人

佐伯照道

右同

八代紀彦

被告

弥栄町長

森岡行直

被告

弥栄町

右代表者町長

森岡行直

右両名訴訟代理人

前堀政幸

右同

前堀克彦

主文

被告弥栄町長が、昭和四八年九月二七日付原告の別紙目録記載不動産の固定資産税課税標準価額を記載した書面の交付申請に対し、いまだ処分をしていないことは違法であることを確認する。

原告の被告弥栄町に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告弥栄町長との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告弥栄町長の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告弥栄町との間においては、全部原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

1  請求の趣旨

主文第一項と同旨及び「被告弥栄町は原告に対し、金四〇万円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。

2  被告弥栄町長の本案前の答弁

「原告の被告弥栄町長に対する訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

3  被告らの本案の答弁

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

二、請求原因

1  原告は弁護士であるが、昭和四八年九月二七日弥栄町役場において、被告弥栄町長(以下被告町長という)に対し主文第一項記載の書面(以下本件評価証明書という)の交付申請をした(以下本件申請ともいう)。

その目的は、原告の受任事件について別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)に対し、仮差押手続を申請するため、本件不動産の価額算定の資料として必要であつたからである。

2  本件申請に対し、被告町長(担当職員赤松信一郎)はその交付を渋る態度に出たので、原告は自治庁税務局長昭和三三年九月一〇日付自丙市発第六七号通達等を示しつつ、他の市町村の取扱事例を説明しその交付を求めたが、被告町長は全く理由を示さずにこれに応ぜず、検討するから申請書を書けと要求したので、原告は申請書を提出した。

3  ところで、民事訴訟手続において、不動産の価額算定の資料として評価証明書が必要となるのは、民事訴訟法六四三条一項三号、四号のように法律上明文をもつて要求される場合のほか直接に根拠を示す法令はないが、訴訟物の価額の算定、保全処分の目的物の価額の算定等裁判所の事務取扱の慣行上必要となる場合があり、後者については前記自治庁税務局長の通達後各市町村共これに従つておおむね円滑に事務を処理してきており、少くとも京阪神地方の都市では無条件に評価証明書を交付する慣行が確立しているのであつて、これらの事実によれば、当事者の交付申請権、交付義務そのものは法的なものとして評価されるべきである。

4  しかるに、被告町長は原告の再三にわたる交付要求に応じないのみか、昭和四八年一〇月六日付文書で原告に対し訴状等又はその写の提示又は送付を求めてきた。

しかし、前記通達の発付、運用の過程において、最高裁判所事務総局民事局と自治庁との間で、事実上、訴訟のため使用することの証明は必要としない旨の了解が成立しており、これに基づいて、前記のとおり、殆どの市町村において無条件に評価証明書を交付している。

したがつて、被告町長は右通達後直ちに評価証明書交付の取扱基準を定めて公平に運用すべきであるのに、これを怠たり、右通達後一五年も経つて原告の本件申請を受けた後に、過去の取扱事例、他の市町村の取扱事例と何の脈絡もなく、また、正当な理由もないのにその交付を拒否し、あるいは、突如本件のように厳しい条件を持ち出すことは、申請人たる原告の予測、期待を著しく裏切るもので、手続的にも違法である。

そこで、原告は、文書で被告町長に対し、訴状の呈示等はしない旨を告げ、直ちに本件申請に対し処分をするよう求めたが、被告町長はこれに応じない。

5  以上のとおり、被告町長は原告に対し無条件で本件評価証明書を交付すべき義務があるのに、いまだになんらの処分もしないのは違法である。

6  原告は、被告町長が違法に本件評価証明書を交付しないため受任事件の処理上多大の支障をきたし、仮差押申請手続において目的物の価額疎明のため格別の調査を要したほか、被告町長との交渉及び本訴提起等に多大の事務手続を要した。これに対する慰藉料(迷惑料)は二〇万円を下らない。

また、原告は本訴追行につき同僚弁護士に訴訟を委任してその応援を求め、相当の費用、報酬を支払うことを約したが、その額は本件の内容からみて二〇万円を下ることはない。

右の各損害は、被告町長がその職務につき公権力の行使を誤つた結果原告に与えた損害であるから、被告弥栄町(以下被告町という)は国家賠償法一条によりこれを賠償すべき義務がある。

仮に、被告町長において、使用目的が仮差押申請のときは交付しない方針であるとするのであれば、原告は当初申請したときから仮差押申請のために使用するものであることを明言していたのであるから、被告町長は直ちに原告の本件申請を却下すべきであつた。ところが、被告町長はそのような方針を一切明らかにせず、無駄な申請書を書かせる必要もないのに検討すると称して処分を留保し、電話での問合せや、不必要な回答書を作成させ、それでもなお処分をしないので、事の理非を明らかにするため本件不作為違法確認訴訟を提起せざるを得なかつた。

そこで、右一連の違法行為により生じた各種事務手続及び本訴提起のための慰藉料(迷惑料)、弁護士費用のすべてを一括して四〇万円の支払を求める。

なお、右損害の中には次の費用が含まれている。

(一)  大阪市から弥栄町への電話代

六三円

(二)  回答書のタイプ費用 一〇〇〇円

(三)  右送達費用(内容証明) 三四〇円

7  よつて、原告は被告町長に対し、本件申請に対しなんらの処分をしないことの違法確認と被告町に対し四〇万円の支払を求めるため、本訴に及んだ。

三、被告町長の本案前の答弁

原告には、被告町長に対し本件評価証明書の交付を求める申請権がないから、不作為違法確認の訴えについて原告適格がない。すなわち、

1  地方税法は、市町村長に対し固定資産課税台帳の備付を命じ(三八〇条一項)、市町村長に対して右台帳へ所定事項の登録を義務づけているが(三八一条、四一一条等)、評価証明書の交付、不交付(以下証明行為ともいう)については全く規定していない。

このように、行政行為の要件、内容、決定のいずれについても規定を欠き、しかも、その行政行為が直接国民の権利義務を左右する効果を生じない場合には、自由裁量行為と解すべきである。

他方、市町村長は、他方税法によつて地方税に関する調査事務に関して知り得た秘密の保持を義務づけられており(二二条)、固定資産税の課税標準価格は納税者の関係において右の秘密に該当するから、市町村長は右規定に違反して評価証明書の交付をなすことは許されない。

尤も、納税義務者本人又はその同意を得た第三者に交付する場合は秘密保持の拘束が解かれ、保護法益がなくなるので右規定が固守される余地はなく、また、納税義務者の同意を得ない第三者が申請する場合でも、民事訴訟法六四三条二項による場合は市町村長が第三者に証明行為を行うことは適法であるが、本件のように、証明行為を適法なものと評価したと認めるに足りる規定がなく、しかも納税義務者の同意なしに証明行為を行うのは地方税法二二条に違反するものといわなければならない。

2  ところで、最高裁判所事務総局民事局長は、昭和三一年一二月一二日付民事甲第四一二号通知により、訴訟物の価額の算定について、目的たる物の価格は「地方税法(昭和二五年法律第二二六号)第三四九条の規定による固定資産税の課税標準となる価格のあるものについてはその価格とし」との基準を設定したうえ、その価額認定の資料として所轄公署のこれを証明する書面を提出させる等の方法により適宜当事者に証明させることとし、前記自治庁税務局長通達で「訴訟当事者が訴訟物の価額の算定のための資料として添付すべき証明書を市町村において求めてきたときには、その証明書の交付を行うことが適当である」と指示したため、実務上、訴訟当事者又は借地非訟事件の当事者(当事者となるべき者を含む)が訴訟物の価額又は申立手数料の額を算定するための資料として申請した場合に評価証明書が交付されている。

しかしながら、行政庁の通達や最高裁判所の内部規程によつて法律の適用を排除し得ないことはいうまでもないから、本来右のような場合には民事訴訟法六四三条二項と同旨の明文を設けるか、少くとも同法二六二条、弁護士法二三条の二等の運用によるものでなければ地方税法二二条の適用を排除することはできないといわなければならない。

たゞ、訴訟物の価額の算定資料とするために評価証明書の交付申請がなされた場合、市町村長がこれを拒否すれば、申請人は訴提起の方法がなくなり、裁判を受ける権利を奪われる結果になるから、この場合は明文の規定はないけれども、地方税法二二条の適用によつて保護される権利よりそれによつて失われる権利の方がはるかに重大である点に評価証明書交付の違法性阻却事由を認め得る余地がないではないので、被告町長は前記通達の適応性について疑問を残しつつ一応その趣旨を尊重し、訴訟物の価額算定の資料とするものについては原則として評価証明書を交付する扱いにしている(しかし、いまだかつて、右通達に基づき評価証明書を交付したことはない)。

3  原告は、仮差押手続において目的物の価額を疎明する場合も、前記通達にいう訴訟物の価額算定の資料とする場合に含まれると主張するが、右通達は地方税法二二条に抵触するおそれが多分にあるのであるから、前段記載のような趣旨からして右通達の解釈は厳格になされなければならず、また、仮差押においては、訴訟物の価額は仮差押の目的物の価額とは全く無関係に、被保全債権額によつて定まるのであつて、実務上目的物が固定資産である場合にその価額の疎明資料として評価証明書が提出されるのは、単に保証額を算定する一資料とするためにすぎないのであるから、たとえこのような場合に評価証明書がなかつたとしても、仮差押申請が不受理になることはあり得ず、国民が裁判を受ける権利を侵害されるおそれは全くないのである。

したがつて、仮差押の目的物の価額を疎明する場合を訴訟物の価額算定の資料とする場合に含ませて、この場合における評価証明書の交付を適法とすることはできない。

4  また、原告は、本件申請の根拠は慣習法であるとも主張するが、仮差押の目的物の価額を疎明する場合に評価証明書を交付することが慣習化している事実はない。

尤も、一部の大都市の市長が評価証明書を不用意に交付している事実はあるが、それは、これら大都市の事務があまりに膨大化し、証明行為の可否を一件ごとに検討できなくなつた結果であつて、これを一般化することはできない。

以上の次第で原告は被告町長に対し本件評価証明書の交付を求める申請権はないから、被告町長もこれに応ずる義務はない。そして、評価証明書の交付申請権の有無は原告適格の問題であるから本訴は原告適格を欠き却下すべきものである。

四、被告らの本案の答弁と主張

1  請求原因1の前段は認めるが、後段は不知。

2  同2のうち、被告町長が評価証明書の交付を渋つたこと及び不交付の理由を告げなかつたことは争う。被告町長は原告の右評価証明書の交付申請権及び被告町長の交付義務に法律上疑義があつたので、交付の可否を検討する必要があると判断してその旨原告に告げ、交付申請書の提出を求めて正式に受理したものである。その余の事実は認める。

3  同3のうち、自治庁税務局長の通達後各市町村共おおむね円滑に事務を処理してきており、少くとも京阪神地方の都市においては無条件に評価証明書を交付する慣行が確立していて、交付申請権、交付義務を法的なものとして評価すべきであるとの主張は争う。

4  同4のうち、被告町長が原告の再三にわたる交付要求に応ぜず、昭和四八年一〇月六日付文書で原告に対し、訴状等又はその写の提示又は送付を求めたこと、原告が文書で被告町長の要請を断わり、直ちに本件申請に対し処分をするよう求めたことは認めるが、その余は争う。被告町長が訴状の提示等を求めたのは、原告が交付申請書に民事訴訟のためと記載したので、それが原告のいう仮差押なのか、他の訴訟なのかについての疑義を解明し、本件評価証明書の交付申請者が訴訟当事者であること、本件評価証明書が訴訟物の価額算定のための資料であることを確認するためである。しかし、原告がこれを拒否したのでその判断ができず、処分を留保せざるを得なかつた。したがつて、被告町長が原告に対しなんらの意思を示さなかつたのはすべて原告側に原因があるのであつて、被告町長に責任はない。

被告町長はその後も検討の結果、前記三記載の事由で交付できないとの結論に達したものである。したがつて、被告町長が原告の本件申請に応じなかつたのは正当であつてなんら違法はない。

仮に、被告町長に本件申請に対応する処分をする義務があるとしても、本件評価証明書の交付、不交付は行政事件訴訟法三条五項にいう処分に当らない。すなわち、同条にいう行政庁の処分とは、それによつて新たに国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確認する法的効果を有するものに限られると解すべきところ、本件証明行為は、市町村長が評価証明書に記載されている事項が固定資産税課税台帳に登録されている事項と同一であることを認証するにすぎず、地方税法その他の法令には右証明行為に法的効果を与えることを前提とした規定はなんら存在しない。したがつて、右行為は単なる事実上の証明行為であつて、法律上の効果を持たないから、同条にいう行政庁の処分には当らず、被告町長は本件申請に対して一定の処分を義務づけられるものではない。

なお、本件証明行為を公の権威をもつて前記認証を行い、これに公の証拠力を与えるいわゆる公証行為であり、右の公の証拠力を法律上の効果であると解する余地がないではないが、仮にこのように解したとしても、本件証明行為がそれによつて新たに国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確認する性質を有するものでないことは明らかであるから、この点において行政庁の処分に当らないことに変りはない。

5  同5の主張は争う。

6  (被告町の答弁)同6の主張はすべて争う。前記のように、被告町長が原告に本件評価証明書を交付していないのは適法であつて、被告町長になんらの責任はない。したがつて、被告町は原告に損害を賠償する義務はない。

五、被告らの主張に対する原告の答弁

1  (三の主張に対し)原告に交付申請権がないとの主張は争う。

被告ら主張の自治庁税務局長通達は、仮差押申請手続において目的物の価額を疎明する場合も含まれる。

不動産の評価については地価の公示制度も実施されており、それが課税対象としての評価であるとしても実質的に保護すべき秘密性は皆無であるのみならず、固定資産課税台帳は地方税法により縦覧に供されるものであるから(四一五条)、固定資産税の課税標準価格は納税者の関係において秘密には該当しない。

2  (四の4の仮定主張に対し)本件評価証明書の交付、不交付が行政事件訴訟法三条五項にいう処分に当らないとの主張は争う。被告町長に応答義務があれば右交付、不交付について処分性のあることは明白である。

六、証拠関係<略>

理由

第一固定資産課税台帳登録事項証明書不交付違法確認請求に対する判断

一まず、原告適格の有無について考えるのに、不作為の違法確認の訴えの原告適格者は、処分又は裁決について申請権を有するかどうかにかかわりなく、現実に申請をした者であることを要し、かつこれをもつて足りると解すべところ(行政事件訴訟法三七条参照)、本件にあつては、原告が昭和四八年九月二七日被告町長に対し本件評価証明書の交付申請をしたことは当事者間に争いがないから、原告は本件訴えについて原告適格を有することが明らかである。

したがつて、原告の本件訴えはなんら訴訟要件に欠けるところはなく、適法である。

二そこで、原告の本件申請が行政事件訴訟法三条五項にいう「法令に基づく申請」に該当するかどうか、すなわち原告の申請権の有無について考える。

右の「法令に基づく申請」とは、申請することができる旨の明文の規定がある場合はもとより、そのような規定がなくても当該法令によつて認められた制度を利用した申請であれば足りると解すべきである。

ところで、地方税法二〇条の一〇の一項は「地方団体の長は、地方団体の徴収金と競合する債権に係る担保権の設定その他の目的で、地方団体の徴収金の納付又は納すべき額その他地方団体の徴収金に関する事項のうち政令で定めるものについての証明書の交付を請求する者があるときは、その者に関するものに限り、これを交付しなければならない。」と規定し、同法施行令六条の二一の一項は政令で定める事項としてその一号に「請求に係る地方団体の徴収金の納付し、又は納入すべき額として確定した額並びにその納付し、又は納入した額及び未納の額(これらの額のないことを含む)」と規定しており(なお、同法一条一項一四号によれば、右にいう地方団体の徴収金とは「地方税並びにその督促手数料、延滞金、過少申告加算金、不申告加算金、重加算金及び滞納処分費をいう」と規定されている)、右規定を根拠に、地方団体の長に対し地方税に関する事項の証明書の交付を請求できる者は当該地方税の納税義務者であつて、評価証明書も納税者以外の者は交付請求することができないと解すべきものである、とする見解もないではない。

しかし、右規定は、納税者らの資力等の秘密保持を図り、地方公共団体の事務追行上の障害を防止するため、納税額等一定事項の証明について、納税者らから申請のあつたときに限り、その旨の証明書を交付しなければならないことを規定したもので、それ以外の証明事項あるいは右以外の者の申請を一切否定する趣旨ではなく、そのような申請であつても地方税法等の規定に牴触せず、地方公共団体の事務処理に支障のない置り証明することはなんら差支ないものと解するのが相当である。

そして、地方税法は評価証明書の交付、不交付について他になんらの規定を設けていないから、もとより法令上申請することができる旨の明文の規定がある場合に該当しないことが明らかである。

そこで、地方税法等によつて認められた制度を利用した申請とみられるかどうかについて考えるのに、固定資産税は、土地、家屋及び償却資産の資産価値に着目してその所有者に課せられる物税であつて、土地、家屋については、基準年度の価格(適正な時価)で固定資産課税台帳に登録されたものを課税標準とし、各市町村はこれら固定資産の価格を明らかにするため固定資産課税台帳を備付け、固定資産評価員又は固定資産評価補助員が毎年一回実地に調査した結果に基づいて各固定資産の価格を決定し、直ちに固定資産課税台帳に登録することを定めている(同法三四条以下)。そして、固定資産税が国、地方公共団体、三公社等の団体が所有するものなど特殊な例外を除いたすべての固定資産を対象とし、かつ固定資産の評価に関する智識及び経験を有する評価員らによつて、自治大臣らの定めた評価基準並びに評価実施の方法及び手続に従い公平に適正な時価(取引価格)が決定されるため、固定資産課税台帳を見れば当該固定資産の価格が極めて容易に判明するところから、民事訴訟法六四三条二項は強制競売申立の添付書類である不動産の公租公課に関する証明書について、明文をもつて申立債権者にその利用を認めているほか、ひろく訴訟の目的物の価額算定の資料にも利用され、最高裁判所事務総局においても、訴訟物の価額の算定について、昭和三一年一二月一二日付民事甲第四一二号民事局長通知により被告主張(事実摘示三の2記載)のような基準を設定したうえ、その価額認定の資料として評価証明書を提出させる等の方法により証明させることを指示し、自治庁税務局長もこれをうけて被告主張(前同記載)のような通達を出し、爾後長年にわたつて各裁判所及び大部分の市町村において右通達等に従つた事務処理を繰返えし、一般にもこれが是認されてきたことは当裁判所に顕著な事実である。

以上のような諸点を考慮すれば、地方税法によつて市町村に備えなければならないものと義務づけられた固定資産課税台帳の課説標準価額について、国民は市町村長に対し、評価証明書に記載された事項が右課税台帳に登録されている事項と同一であることを認証した評価証明書の交付を申請し得ることが地方税法上の制度として認められているものというべく、この制度を利用した評価証明書交付申請は法令に基づくもので、原告には申請権があると認めるのが相当である。

被告町長は、仮に原告に申請権が認められ、被告町長に本件申請に対応する処分をする義務があるとしても、本件評価証明書の交付、不交付は行政事件訴訟法三条五項にいう処分に当らないと主張する。

しかしながら、右法条にいう「なんらかの処分」とは、当該申請を認容する行政処分のみならず、申請の形式等手続要件の不備あるいはその内容の当否等実体要件の欠缺を理由にこれを拒否する行政処分をも含むものであつて、申請権が認められ、したがつて行政庁にそれに対応する処分をなす義務が認められる以上、行政庁は相当の期間内にどちらかの応答をしなければならないのであるから、仮に本件評価証明書の交付が法律上の効果を持たず、行政庁の公権力の行使とはいえないとしても、それのみの理由で、本件申請に対する被告町長の応答が右法条の「なんらかの処分」に当らないということはできない。

三以上のとおり、原告の本件申請は行政事件訴訟法三条五項にいう「法令に基づく」申請に該当するから、被告町長は申請手続及び内容が違法かどうか、申請目的が妥当かどうかを判断したうえ、原告に対し本件申請に対するなんらかの処分をすべき義務があるといわなければならない。

被告町長は、本件申請を認容すること、ことに仮差押申請書に添付するための証明書を交付することは地方税法二二条に違反し不適法であると主張し、この点についての当裁判所の判断を求めるが、本件申請が適法かどうかの判断は第一次的に行政庁たる被告町長がなすべきことであつて、本訴において裁判所が被告町長の判断より前にその点に関する見解を示すことは、不作為の違法確認の訴の制度的趣旨、すなわち行政庁が申請に対してなんらの処分をしない場合に、行政庁の第一次的判断権を尊重して相当期間内になんらかの処分をなすべき義務を課し、不作為の状態を解消しようとする趣旨からして相当でないと解すべきであるから、被告町長の判断を待つべきものである。

そして、被告町長が昭和四八年九月二七日以降現在に至るもなんらの処分をしていないことは相当の期間を経過したものといえるから、被告町長がいまだになんらの処分をしないのは違法というべきである。

第二損害賠償請求に対する判断

一被告町長が原告の本件申請に対し相当期間内になんらの処分をしないこと、右不作為が違法であることは前に認定したとおりである。

そして、被告町長が昭和四八年一〇月六日付文書で原告に訴状又はその写の提示又は送付を求めてきたこと、原告が文書で右要請を断わり直ちに申請に対する処分をするよう求めたことは当事者間に争いなく、右事実に、<証拠>を総合すると、被告町では評価証明書交付の取扱いに関して一般的な基準を定めておらず、申請が出た都度、通達、行政実例、判例を調査して判断してきたが、今まで、官公署からの照会があつた場合、当該固定資産の所有者本人又はその承諾を得た第三者が申請した場合、前記最高裁判所事務総局民事局長通知に基づく訴訟物の価額算定の資料とする場合、民事訴訟法六四三条二項に規定する場合以外の申請は断わり、あるいは断わる方針であつたこと、被告町の税務課長赤松信一郎は、原告から当初口頭で仮差押申請のため必要であるとの理由で交付申請がなされたので、仮差押申請のための評価証明書の交付はできないと考えていたが、原告が法律専門家の弁護士であり、他の市町村においてはいくらでも交付しているなどといわれたため、交付するかどうかをさらに検討することとし、書面による申請書の提出を求めたこと、ところが、原告から提出された申請書(甲第一号証)には「民事訴訟を提起するに際し目的物の価額算定のための資料として必要」と記載されていたので、使用目的が両者のいずれであるかを確認する資料として前記のとおり訴状の提示等を求めたところ、原告は昭和四八年一〇月一二日付書面(甲第三号証)をもつてこれを拒否したことが認められ、証人赤松の証言中右認定に反する部分は原告本人尋問の結果と対比してたやすく信用できず、他に右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実関係によれば、被告町長としては、原告から右昭和四八年一〇月一二日付文書が送付されてきた以上、もはや重ねて原告に対し右確認資料の提供を求めても無駄であるから、その段階において直ちに使用目的の不明、あるいは確認資料の不備を前提として、その自由裁量に基づきなんらかの処分をすべきであつたのに、その処分をせず申請を受理したまま現在に至つているのは、公務員たる被告町長がその職務を行うについて、少くとも過失により相当期間職務の執行を遅延したもので、違法であることが明らかである。

二そこで、原告の損害の有無について判断する。

原告は、一次的に、被告町長において評価証明書を交付すべきことを前提として損害賠償を請求するが、本件の場合、交付すべきかどうかは被告町長の裁量に基づくものであること及び被告町長がいずれかを決定する前に当裁判所が交付、不交付を判断すべきでないことは、前段説示のとおりであるから、交付されるべきことを前提にして、交付されなかつたことによる損害の賠償を請求することはできない。

次に、原告の二次的請求についてみるに、<証拠>によると、原告は、保全裁判所に評価証明書が交付されない旨の上申書を提出して仮差押命令を得たものの、理非を明らかにする目的で同僚弁護士の意見を聞いたうえ訴訟行為を委任し、その応援を得て不作為違法確認の訴えとこれに併せて損害賠償請求の本訴を提起し、本件訴訟の追行に従事してきたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、本件訴訟の内容、難易、進行状況及び原告が弁護士であること(この事実は当事者間に争いがない)その他諸般の事情を斟酌すれば、原告が本件不作為の違法確認の訴えを提起し、追行するについて、同僚弁護士に右訴訟を委任し、その応援を求めたことに対する費用、報酬は、被告町長の不法行為とは相当因果関係に立つ損害であるとは認められない。

また、原告請求の慰藉料については、仮に違法な不作為状態が続いたことにより原告がなんらかの精神上の苦痛を受けたとしても、不作為の違法確認の請求が認容され、被告町長の処分がなされることにより十分回復できる性質のものであり、他に特別の事情の認められない本件にあつては、不作為状態が解消されることによつて慰藉されたものというべきである。

この点に関して、原告は右慰藉料に含まれるものとして(1)大阪から弥栄町への電話代六三円、(2)回答書(甲第三号証)のタイプ費用一〇〇〇円、(3)その送達費用(内容証明)三四〇円があると主張しているが、前記認定のとおり、被告町長は原告から昭和四八年一〇月一二日付回答書が送付されてきた段階でなんらかの処分をなすべき義務を負うに至つたものであるから、それ以前の段階で生じた右各諸費用は、いまだ被告町長の違法な不作為による損害ということはできない。

以上のとおりであつて、原告が本訴において被告町長の違法な不作為によつて生じた損害として主張するものはすべて理由がないことに帰するから、結局原告の二次的請求も失当である。

第三結論

よつて、原告の評価証明書不交付違法確認の請求は理由があるからこれを認容し、損害賠償の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条九二条を適用して主文のとおり判決する。

(上田次郎 谷村允裕 永田誠一)

目録

京都府竹野郡弥栄町字和田野小字下地五六三番一

宅地  99.60平方メートル

所有者  新谷弘

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